毎日の暮らしに、ほんのひとさじの夢を探して、
私たちはこの街に住むあなたを応援します。
スプーンネット
トップページへ 特集 バックナンバー
 Home > 特集 > 「ダリア花咲く秋の日に。」
back 1 2 3 4 next
 

  ダリアの美に魅せられた心。
庄内のダリアについて語られる時、いつも必ず話題にのぼるのが、鶴岡ダリア研究会の会長として活躍された松木正利さんのお名前です。松木さんは、少年時代からダリアの美に魅了され、栽培、品種改良、品種名解析などのダリア研究に、その精華をもたらしたダリアの博士。ダリアとともに歩んだ半生を回想して、寄稿してくださいました。


ダリア回想 年年歳歳花相似 松木正利=文

 私がダリア研究に取り組み始めたのは、庄内農業高校在学中である。以来、50年以上の歳月をダリアとともに歩んできたが、今でも特別に大切にしているダリア書が2冊ある。
  その1つは、東京・国民新聞社勧業局発行『ダリヤー種類及び栽培法』であり、今1つは、東京・ダーリア研究会編『実験 - ダーリア栽培法』である。ともに定価45銭、発行年は明治45年(1912)とあり、ダリアがわが国に渡来してより60年という節目の年に発行された。
  前著は、スペースの4割を18世紀末から19世紀初頭の優れた品種群とリストに当てている。細い花弁が内曲するさまは、「優美・華麗」「繊細にして奔放」などの成句を思い出させて飽きない。後著は、栽培面にウェートがおかれている。
  この2著書が「誰から・いつ・どこで」私の手にもたらされたのか。遠い記憶をたどってみると、酒井家第16代忠良様からであった、と今でも信じている。忠良様は「バラの殿様」。ダリア栽培の関心はないはずと、つまりは私の人違い説さえ出ている始末なのだが。それは、昭和27七年(1952)9月下旬に催された、第1回「鶴岡ダーリヤ名花展」の初日を明日に控えた夕刻、酒井家の玄関付近であったと記憶している。その時、この2冊のダリア書は出版後40年を経た年代物だった。
  ダリアが長崎に初渡来したのは、1842(天保13)年。2冊のダリア書の出版は1912(明治45)年。鶴岡ダリア研究会の初展示会は1952(昭和27)年。新展示会開催は2002(平成15)年と10年刻みの符合に気づかされる。
  1952年、ダリアの栽培と品種改良を目的に、鶴岡ダリア研究会を設立し、同年9月、致道博物館を会場に、第1回鶴岡ダリア名花展を開催した。県外からの出品も多く、呼称に「東北」を冠することにした。「東北ダリア名花展」の当時の出品者に、小樽・高橋ダリア園、角館・太田與次郎、湯沢・京野兵右衛門、川西ダリア会・高梨万吾らがいた。

 
まつのき まさとし
昭和8年(1933)、鶴岡市生まれ。県立庄内農業高校卒業。「農業荘内」主幹を経て、荘内日報社にて編集局長、論説委員長等を歴任。昭和27年、鶴岡ダリア研究会を設立、会長に選任。平成12年、第43回高山樗牛賞受賞。主な著書に、誠文堂新光社『最新園芸大辞典』第2巻ダリア属、荘内日報社『花々片々』など。ダリアに関する著述は多数。鶴岡市在住。

  1956年、「東北ダリア作出家協会」を発足、試作場は私の宅地内に置いた。3年間の入選者のうち、庄内の作出家には、58年度協会賞「マ・フィアンセ」鶴岡・松木正利、同協会長賞「ホニー・サックル」鶴岡・水野重昭、59年度同協会長賞「おばこかんざし」鶴岡・丸谷八郎がいる。また、季刊園芸誌「新花卉」には、ダリア・ブリーダーとして、角館・太田與次郎、湯沢・京野兵右衛門、弘前・小舘衷一、岩手山田・葛博の会員名が記録されている。
  こうして振り返ってみると、趣味の領域に「精華」と言いたい実績を上げていたことに気づかされる。
  栽培・育種と並んで、私のダリア研究の鼎の1つは、品種名の解析である。わが国のダリアの育種は、戦前は1930年以前、戦後は1950年以降、目覚ましい進展を遂げた。47年から65年まで、種苗商を通じて発表・発売された品種数は4874に達した。鶴岡出身の元北海道教育大学教授・芳賀卓氏とともに、その全品種名を1枚ずつカードに書き込み、「ダリア・リスト」として集大成した。品種特性を生かすためにも正しく理解して活用してほしい。
  ダリアの何がわれわれをとらえ続けて離さなかったのかと考えてみると、それは、ダリアの美に魅せられた私たちの心だ、と言う以外にない。
  ダリアの花はシンメトリーである。ダリアの美しさは、その花容にあるとしていた時代があった。しかし、2冊のダリア書を重ね合わす時、その変化してとどまらないところにこそ、ダリアの美があると思うのだ。 花に芳香がない、切り花が長持ちしない。葉に毒があるなどと根拠のないうわさする人もいた。「杖(支柱)を必要としているうちは庭園で咲く資格がない」などと言われながら、アウトドアの園芸種として不可欠な魅力をダリアは持ち続けている。
  ダリアとともに歩んだ半生を回想しながら、私が今なおダリアとともにあることを自賛しておきたい。

(スプーン2007年11月号に掲載)




ダリアを愛する遺伝子の精華。
「マ・フィアンセ」「おばこかんざし」以外のダリアの写真は、皆川渉さんが撮影したもの。鶴岡ダリア研究会から松ヶ岡へ、ダリアを愛する遺伝子が受け継がれ、美しい景観と感動に出会える庄内の秋に、また1つ、楽しみが増えました。



「日曜日」
鶴岡ダリア研究会の副会長を務めた鶴岡市の水野重昭さんもまた、10代の頃からダリアの栽培・育種に魅せられた一人。写真は、水野さんが作出した傑作「日曜日」。深紅の大輪が、今も松ヶ岡のダリア園に咲いている。水野さんは、英国王立園芸家協会会員で、バラや山野草の栽培・育種にも造詣が深い。


「おばこかんざし」モノクロ写真
鶴岡市の医師・丸谷八郎さんが作出したオーキッド・コラレット型の傑作。8枚の主弁が内側に巻いた花型をオーキッド咲き、各主弁に小型の複弁が付いたのをコラレット咲きという。主弁の表は紅、裏は白、複弁はクリーム色。
 
「マ・フィアンセ」モノクロ写真
松木正利さん作出の「マ・フィアンセ」は、東北ダリア作出家協会1958年度協会賞受賞。内曲カクタス咲きの中大輪で、花弁の色はレモン色。松木さんは、純白大輪の名花「ウェディングドレス」など多数の新品種を育種してきた。


「小夜あねさま」
松ヶ岡開墾記念館前に咲くダリアはすべて、鶴岡市の皆川渉さんが丹精込めて、育てたもの。約150品種のうち、「松岡姫」「初舞台」「華恋」など、実生から誕生したオリジナルの新品種も数多い。写真の「小夜あねさま」は、スイレン咲きの実生新種。命名者は、高山辰雄画伯令嬢で、映画監督の高山由紀子さん。


back 1 2 3 4 next


◆バックナンバーもチェック!

われら青年協力隊(2007年10月号)
協力隊の経験を生かし、帰国後、庄内で活躍してらっしゃる方たちに会いに出かけました。

ダリア花咲く秋の日に。(2007年11月号)
酒田の花き生産者の方々も含めて、ダリアを愛し、丹精込めて育てていらした方々をお訪ねしました。


学校の図書館。(2007年12月号)
草の根の動きから、教育の中枢へ。
県内の特色ある学校図書館をお訪ねしました。

わが家の正月膳。(2008年1月号)
酒田市内と鶴岡市三瀬と櫛引地域、庄内各地の家々にお願いしてお正月のごっつぉを紹介していただきました。


わが写真と人生。(2008年2月号)
ここ庄内で、人生のライフワークを、写真を通して、表現していらした方々をご紹介します。

庄内のお雛さま拝見。(2008年3月号)
酒田から鶴岡、そして庄内一円へ「雛の縁」が 広がって、春待つ心がつのります。


アートでまちを再発見(2008年4月号)
私たちのまちの、何をアートで再発見?
その全容をお伝えします。

アートシーンへの招待席。(2008年5月号)
私たちと同じ庄内の風景を見て育った3人の方々に、芸術への思い、故郷へのメッセージを伺いました。


動物ふれあい活動。(2008年6月号)
動物と人との新しい関係のあり方を示す、
ある活動をご紹介します。

電車で行く、庄内の旅。(2008年7月号)
電車に揺られ、往く景色を追いかけて片道数分の旅へと、さあ出発。


モンテディオ山形の、いま。(2008年8月号)
J1昇格の悲願達成となるかは、私たち県民の力強い声援にかかっています。

わが家の休日。(2008年9月号)
山・海・川・街…庄内は絶好の行楽地。お気に入りの場所を情報交換して、わが家流に楽しめば、思い出の場所がもうひとつ増えたよ、ね。


直売所へ行こう。(2008年10月号)
庄内の旬の歳時記を、いち早く・安く・味わうことができる直売所は、 ご当地食材の宝庫。

妻への恋文。パート2(2009年2月号)
ふだんは言えない思いや感謝の気持ちを夫から妻へ。手紙を通して、それぞれのご夫婦の軌跡を語ってもらいました。



pageup▲



月刊SPOON編集部

山形県酒田市京田2-59-3 コマツ・コーポレーション内
電話 0234(41)0070 / FAX 0234(41)0080


- 会社概要 - お問い合わせ -
Home Page上に掲載している写真・テキストの著作権は、SPOON編集部およびその著者に帰属します。
無断転用(加工・改変)、ネットワーク上での使用等はご遠慮下さい。
このサイトに掲載しているものは全て、個人でお楽しみ頂くためのもので、著作権は放棄しておりません。