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派遣先の学校にはプール設備が整っていなかったため、市営プールを借りて早朝から授業を行ったことも。現地の教員養成校を卒業した生徒は、国内の体育教育を向上させるための即戦力としても期待されています。



伝統に息づいた美しい国。
丘陵地の密林の中には、現在も
太古の巨大都市遺跡が残されています。


 
  1979年に世界遺産に登録された「ティカル国立公園」。
グアテマラ共和国は中央アメリカのメキシコ隣りに位置します。マヤ文明はグアテマラ低地で開花しました。16世紀にスペイン征服が始まり、1821年に独立。現在は公用語であるスペイン語のほか、キチェ語、カクキチェル語、マム語などを含む22の異なる言葉が話され、マヤ系インディオが人口の約半数を占めています。面積は10万8,890km2、人口は約1,465万人(2005年現在)。首都グアテマラシティ。世界有数のコーヒー豆産出国。国土の3分の2が山岳地帯で、四季は雨季と乾季のみ。国旗の紋章に描かれた国鳥「ケツァル」は、故・手塚治虫氏の漫画「火の鳥」のモデルにもなりました。
 
大学卒業後に飛び込んだ世界。
協力隊で得た経験とつながりを、
社会に還元していきたい。
派遣先 >>> グアテマラ共和国
石井康記さん Ishii Koki  鶴岡市在住・理学療法士

現在、理学療法士として患者さんのリハビリを支えている石井康記さん。平成7年から2年間、中米のグアテマラ共和国で体育教員の養成活動を行いました。

 鶴岡市在住の石井康記さんは、子どもの頃から体を動かすことが大好きで、宮城教育大学在学中は保健体育を専攻し、部活動のバスケットボールに打ち込む日々を過ごしました。いつか外国へ行ってみたいという気持ちはありましたが、青年海外協力隊への応募を決意したのは、大学3年生の時です。「渡航費用や現地での生活費など、経済的な負担が少ないことも魅力でしたが、何と言っても、身ひとつで自分自身の力を試す、絶好のチャンスだと思ったんです」。合格率10倍の狭き門ながら、1次、2次選考に見事合格。約3ヵ月の派遣前訓練を受けて、平成7年度第1次隊としてグアテマラ共和国へ派遣されたのは、22歳の夏でした。

  石井さんの活動職種はスポーツ部門の体育。配属先は、16〜20歳の生徒を対象にした、国立ケツァルテナンゴ体育教員養成学校。活動内容は、体育教員を目指す生徒たちに体育教科を指導して、国全体の体育のレベルアップを図ることです。
「グアテマラ政府から要請を受けたばかりの新しい活動内容でしたから、前例もないし、学校側の受け入れ体制も整っていませんでした。当初は、自分が何をするべきか、試行錯誤の毎日でした」。水泳やバスケットボールの実技やルールを教えるほか、先生たちの時間割に空き時間を見つけると、校長先生に頼んで、「スポーツ科学」の授業を新しく立ち上げたりもしました。公用語のスペイン語は、現地入りしてからも猛訓練。「毎回、授業内容をスペイン語で書いてから、本番に臨んでいました。毎日が緊張の連続でしたね」。

  グアテマラは、カリブ海と太平洋に囲まれた国。配属先のケツァルテナンゴは標高2,300メートルの高地にあります。「とうもろこしを乾燥させたトルティーヤや、黒い大豆を煮たフリフォーレスは、最初は食べられなくて。でも、だんだんおいしいと思うようになりました」。ラテン気質のお国柄で、「生徒は授業にはまじめに出てくれましたが、時間にはルーズで、授業が定刻通りに始まらず、手動の始業ベルを自分で鳴らしたこともありました」。

試行錯誤をくり返しながら挑んだ協力活動。大好きなスポーツが現地の人々との交流を育み、任務をやり遂げた自信が糧となって今の石井さんを支えています。

  慣れない生活の中で、生徒や同僚とコミュニケーションを深めるきっかけとなったのがバスケットボールでした。「言葉ではうまく伝えられなくても、一緒にバスケをすると気持ちが通い合うんですよね。その後、ゲームがあるたびに、仲間として声をかけてくれるようになりました」。

  他の分野で活動するグアテマラ在住の日本人隊員と連絡を取り合い、交流を広げるうち、理学療法士として活動する隊員との出会いに恵まれました。「理学療法は、運動療法を主体に、対象者のパフォーマンスを向上させたり、生活機能を改善させたりするリハビリテーション医学の一部ですが、スポーツ分野でも理学療法士が活躍していることを、彼女が教えてくれたんです。俄然興味がわいてきて、将来はこれを自分の仕事にしようと決心しました」。帰国後、猛勉強して、国家資格を取得。理学療法士として仕事を始めたのは31歳の時でした。現在は、鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院に勤務して、身体に障害を抱える患者さんたちと向き合いながら、リハビリのサポートを行っています。「青年海外協力隊に参加したのは、自分自身の核となる部分を作り始めた時期でした。2年間の任務を成し遂げたことで、何ごとも、やれば必ず実を結ぶのだという自信が持てるようになりました」。持ち前の明るさとポジティブな姿勢が、その笑顔から伝わってきます。「今後は、協力隊で得た経験を次の世代に伝えていく活動にも積極的に参加していきたい。ぼくの体験談を聞いてくれた子どもたちが将来、協力隊に参加して、海外生活や国際協力を体験してくれたら、とてもうれしいですね」。

(スプーン2007年10月号に掲載)

畠山瑞=取材・文
text by Hatakeyama Mitsu
長谷川結、佐藤晶子=編集
edition by Hasegawa Yu,Satoh Akiko
 
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