静寂の中で湯に浸り、旬味に酔う。大人にこそ満喫してほしい寛ぎ。
例年より、早めに見頃を迎えた月山道の紅葉。右に左にと目を移しながらそのあでやかさを堪能し、車は今日のお宿である天童温泉を目指します。天童といえば、将棋の駒といで湯とフルーツの里。周辺には人気スポットも多い魅力的な温泉街です。
今回ご紹介する宿「天童荘」は、部屋数を十七室に抑え、一部屋を一人の仲居さんが責任を持って担当してくれる気配りのゆきとどいた宿。木をふんだんに使った純和風総平屋造りの外観は、古き良き伝統の佇まいを見せていました。玄関の風にそよぐのれんに腕を通せば、磨き上げられた柱や床板と、白壁のコントラストが目に鮮やかなロビー。そして陽の光が差し込む天窓付きの高い天井など、日本建築の素晴らしさを再認識せずにはいられません。
ぬくもりある灯りだけのほの暗い廊下が、訪れるものを柔らかな気持ちに包みこんでくれるよう。随所にさりげなく置かれた調度品は、上品な中にも個性が光り、思わず見入ってしまうこともしばしば。宿の楽しさは、こんなところでも十分に満喫することができるものです。
賑やかな温泉街の中にある宿ですが、ここは静寂そのもの。シックで清々しい室内は掛け軸と女将が生ける山野草が部屋に彩りを添え、心を和ませます。お抹茶とともに地元で作られたお菓子をいただきながらチェックインを済ませたら、早速お風呂をいただきましょう。浴衣は着替え用と二枚が用意され、それと一緒に靴下タイプの足袋もそっと添えてあります。また洗面台に行ってみるとお手拭用には柔らかなガーゼのハンカチが幾枚も置かれているなど、使いやすさを重視した細やかな気配りが感じとれます。
この宿は本館と離れ「離塵境(りじんきょう)」で構成されていますが、離れの全室と本館の六室には、木肌が白く香り高い高野槙の内風呂に温泉がひかれ、気兼ねなく湯浴みができます。また広々とした大浴場では、打たせ湯や趣のある露天風呂が楽しめ、旅の疲れを癒してくれるよう。湯船に身を沈め手足を伸ばして天を仰げば、中央の柱から放射状に走る梁が美しく、明かり取りの窓からは日差しが差し込んで開放感に満ちあふれています。
ほてった体は湯上りサロンで一息つくのが良いでしょう。全体は純和風な建物ではありますが、ここはガラリと趣の違う洋の空間。他にも真っ白な空間のワインのテイスティング室「赤洒々倶楽部」、そしてお客様が自由にくつろげる「サロンルポ」は、まるっきり洋の造りとなっています。基本を和におき、さらに際立つ洋の空間を入れ込む。それが妙に心地良く、宿の主人の狙いどおりに日本建築がよりいっそう引き立つ気さえしてくるのが不思議です。
明治初期に創業した天童荘は、うなぎ料理をお出しする料亭が前身。また、茶道を基本とする料理長の繊細なセンスが発揮され、地物を生かした料理が最高のタイミングで目の前に出されます。それは天童荘懐石と名づけられ、美しい器とともに目と舌で味わう華やかな饗宴。美味しいものをちょっとずつというご要望に応え、品数が多くなっていますが、味の良さと美しい盛り付けに後押しされ、気が付けばすべてお腹におさまってしまいます。
また不定期で年に数回「旬を食べる会」を開催していて、音楽などを楽しみながら季節の旬を味わうのもまた格別。さらに表千家の茶室「残月亭(ざんげつてい)」を写した茶室「楽只庵(らくしあん)」では茶会が催されるなど、様々なシーンでこの宿を利用することが可能です。
「自分の家のような宿でありたい」と願うこの宿の姿勢は、居心地のいい室内、気持ちの良い温泉、季節が盛り込まれた繊細な料理で、お客様のかけがえのない時間を最高のものにしてくれます。 |